「つぶやき岩の秘密」(新田次郎)

少年の、確かな成長を見ることができるのです

「つぶやき岩の秘密」(新田次郎)
 新潮文庫

両親を海難事故で亡くした
六年生の紫郎は、
岩場に耳をあて、
母の声に似た海のつぶやきを
聞くのが好きだった。
ある日、彼は崖沿いに
幽霊のような人影をみる。
その崖には、
旧海軍の残した金塊が
隠されているという噂があった…。

以前、
藤原てい「流れる星は生きている」
藤原正彦「ヒコベエ」
取り上げています。
となると新田次郎を
取り上げないわけにはいきません。
本作品は山岳小説・歴史小説を
得意とする著者の、
唯一の少年冒険小説です。

少年ものだけあって、
筋書きは単純明快です。
紫郎少年が命を狙われる場面あり、
紫郎少年の洞窟探検あり、
暗号文解読作業あり、の
コテコテのジュヴナイル小説です。
最後は紫郎少年が金塊を探し出して
めでたしめでたしです。

しかし本作品の特徴は、
少年小説と謳っている割には
少年が主人公・紫郎少年ただ一人しか
登場しないことです。
サポートするのは
担任の小林先生(推定年齢25歳)と
その弟の大学生・晴雄(19or20歳)。
この二人以外は祖父祖母、
そして謎の老人三人と、
今日の少子高齢化社会を
先取りしたような人物配置なのです。

そしてご都合主義的な設定も
目立ちます。
崖を調査する必要が生じると、
実は小林先生の弟・晴雄が
大学の山岳部員、
謎の老人三人の
身元を調べようとすると、
同じく小林先生の叔父が
興信所の経営者。
海に行きたいから早引きさせてと
紫郎が願い出ると
あっさり許可する小林先生。
突っ込み処は多々あります。

読み進めると理解できるのですが、
本作品は単なる冒険小説ではなく、
両親を亡くした紫郎少年の
自立の物語なのです。
小学校六年生の夏に始まった
不思議な出来事は、
中学校一年生になった五月に
すべてが解決します。
祖父祖母の庇護のもとで
大切に育てられた紫郎少年が、
時には祖父祖母、
そして小林先生に反発しながらも、
自分の決意を貫こうとする
過程を描いているのです。

まわりの大人たちはその成長を
手助けする役に徹しています。
小林先生とその身内の役割も
またしかりです。
周囲の人物配置は
紫郎の成長のサポート・ツールと
考えるべきでしょう。

そう考えたとき、
暗号を解き、両親の死の謎を解き、
冒険の果てに金塊を見つけ出した
紫郎少年の、その後の決断が
きわめて鮮明な印象となって
読み手に迫って来るのです。
少年の、確かな成長を
見ることができるのです。

文学者・新田次郎の
知られざる少年冒険小説。
いかがでしょうか。

※山中恒「ぼくがぼくであること」と
 新田次郎「つぶやき岩の秘密」、
 埋もれかけている
 児童文学作品二点を、
 今日は取り上げてみました。

(2020.3.15)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA